大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1639号 判決

原告 石井しげの

原告 大越伊平

右両名訴訟代理人弁護士 小林茂実

被告 山田為光

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 菊池紘

右訴訟復代理人弁護士 椎名麻紗枝

主文

一  原告らの請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告山田為光は原告両名に対し、別紙物件目録(一)記載の土地上にある同目録記載の建造物を収去し、原告両名が右土地を通行することを妨害してはならない。

2  被告寺西シヅミ、同寺西功は原告両名に対し、別紙物件目録(二)記載の土地上にある同目録記載の建造物を収去し、原告両名が右土地を通行することを妨害してはならない。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  東京都文京区大塚六丁目九九番二宅地一七一・三〇平方メートル、同所九九番三宅地一六五・六一平方メートル、同所九九番四宅地一六五・六一平方メートル、同所九九番五宅地一六九・〇九平方メートルの四筆の土地は、もと一筆の土地(同区大塚坂下町九九番地二宅地二〇三坪一合七勺)であったが、その所有者大塚竹次郎がこれを他に譲渡するため、昭和二六年二月一二日右のようにそれぞれ分筆したものである。

(二)  大塚竹次郎は、昭和二六年一月一五日九九番四の土地を小林伊吉に、同年一二月二八日九九番三の土地を渡辺マス子に、同日九九番五の土地を落合日出男に、昭和二七年一〇月二八日九九番二の土地を雨森洋三に、それぞれ譲渡した。

(三)  右各土地の分筆譲渡により、九九番二および同番五の各土地は袋地となったので、大塚竹次郎は、別紙物件目録(一)および(二)記載の各土地(以下本件土地という。)を右袋地所有者のための通路とする旨各土地の譲受人の了解を求め、各譲受人はこれを了承した。

2(一)  九九番二の土地は、その後相続により、雨森睦子、同栄一、同晃治が所有権を取得し、昭和四四年一二月同人らより松井豊彦が譲受け、昭和四五年四月六日同人より原告石井が譲受けて所有権を取得した。

(二)  九九番三の土地は、昭和三六年八月三〇日渡辺マス子より被告山田が譲受けて所有権を取得した。

(三)  九九番四の土地は、昭和三九年六月二日小林伊吉より寺西清一が譲受け、昭和四八年六月二四日相続により被告寺西シヅミ、同功が所有権を取得した。

(四)  九九番五の土地は、昭和三二年四月落合日出男より柳田秀夫が譲受け、昭和三四年一一月二五日同人より原告大越が譲受けて所有権を取得した。

(五)  被告らは、原告らの本件土地の通行権を認めていた。

3  原告ら所有の九九番二および同番五の各土地は、前記のとおり大塚竹次郎によりもと一筆の土地が分筆され全部同時に譲渡されたため、袋地となったものであるが、全部同時譲渡の場合にも民法二一三条二項が適用され、また同法同条同項の囲繞地通行権ないしそれに対する負担は、袋地および囲繞地の特定承継人にも承継されるべきであるから、原告らは、同法同条同項に基づき被告ら所有土地に囲繞地通行権を有する。

4  仮に右の点が認められないとしても、九九番二および同番五の各土地は袋地であるので、原告らは民法二一〇条一項に基づき被告ら所有土地に囲繞地通行権を有する。

そして本件土地は原告らの通行のために必要にして、かつ被告らの所有地のために損害の最も少ないものである。つまり、本件袋地は宅地であるが、本件土地の幅員は建築基準法の要求する最少限のものであり、これがあってはじめて本件袋地に建物の建築および増改築等が可能となり、また地震火災等の万一の危険に対処できるのであり、その結果原告ら所有の土地は宅地としての効用を全うしうるものである。また本件土地上に存する被告ら所有の建造物は、いずれも通路開設のため収去しても、被告らの宅地の状況からみて支障なきものである。

5(一)  被告山田は本件土地上に別紙物件目録(一)の(2)記載の建造物を設置し、もって原告らの通行を妨害している。

(二)  被告寺西らは本件土地上に別紙物件目録(二)の(2)記載の建造物を設置し、もって原告らの通行を妨害している。

6  よって原告らは被告らに対し、本件土地につき契約に基づく通行権または民法二一三条二項ないし同法二一〇条一項に基づく通行権を有するので、本件土地上にある建造物の収去および原告らの本件土地の通行の妨害禁止を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1の(一)の事実は認める。

(二)  請求原因1の(二)の事実のうち、大塚竹次郎が九九番三の土地を渡辺マス子に譲渡した事実は否認し、その余の事実は認める。九九番三の土地は、被告山田が昭和二六年一二月二八日大塚竹次郎より直接譲受けたものであり、登記簿上渡辺マス子が所有権者として表示されているのは形式だけである。

(三)  請求原因1の(三)の事実のうち、被告山田(あるいは渡辺マス子)が本件通路を袋地所有者のための通路とすることを了承したとの点は否認し、小林伊吉が了承したとの点は不知。

2  請求原因2のうち、(一)(三)(四)の各事実は認め、(二)(五)の各事実は否認する。

3  請求原因3の事実は否認する。

全部同時譲渡の場合には、一部譲渡の場合と異なり、通行地譲受人に対して一括払いの償金額を加味して価格を決定することを要求するのは酷であり、内部だけで処理させることは不合理であるから、民法二一三条二項は適用されないと解すべきである。本件の場合も、被告山田および小林伊吉が大塚竹次郎から本件土地を譲受けるに際して、通行権の負担を前提としてその売買価額を決めたという事情もないから、右の規定は適用すべきでない。

仮に同時全部譲渡の場合にも右規定が適用されるとしても、分割もしくは譲渡の直接の当事者間のみに適用されるのであり、袋地、囲繞地の特定承継人には適用されない。

4  請求原因4の事実は否認する。

被告山田は九九番三の土地上に幅員一三〇センチメートルの通路を設け、これを原告らの通行に供しており、原告石井は直接に、原告大越は原告石井の土地の北西側角部分を通って右通路により公路に通じるのであるから、原告らの土地は袋地ではない。

そして、右通路は幅員一三〇センチメートルを有するところ、原告ら所有土地が住宅地であること、袋地は本来その用法において相当の制約を受けるものであることなどからして、右は原告らの公路への通路の幅員として充分なものである。また建築基準法等による制限は囲繞地通行権の成否には関係がない。

5(一)  請求原因5の(一)の事実のうち、被告山田が別紙物件目録(一)の(2)記載の建造物を設置した事実は認めるが、その余は否認する。

(二)  請求原因5の(二)の事実のうち、被告寺西らの先代寺西清一が別紙物件目録(二)の(2)の(ロ)記載のブロック塀を設置した事実は認めるが、同目録(二)の(2)の(イ)記載の金網塀を設置した事実は否認する。右金網塀は小林伊吉が設置したものである。

三  抗弁

別紙物件目録(二)記載の土地は、昭和二六年以来小林伊吉が、昭和三九年以降寺西清一が、いずれも全面的排他的に占有使用してきており、寺西清一が九九番四の土地を小林伊吉から買受けた際、本件各土地がもと一筆であったことなど必ずしも分明でない状況にあったのであるから、このような事態のもとでは民法二一三条の通行権は失効したものであり、そうでないとしても、被告寺西らに対するその通行権の主張は権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

小林伊吉が本件通路上に約束に反し、塀、建物等を建てたので、その除去を主張して落合日出男、被告山田、雨森洋三らの間で交渉がなされ、小林から寺西清一に譲渡されてからもその交渉が行なわれていたのであるから、被告らの主張は失当である。

第三証拠≪省略≫

理由

一  契約に基づく通行権の成否について

1  請求原因1の(一)および(二)の各事実は、大塚竹次郎が九九番三の土地を渡辺マス子に譲渡したとの点を除いて、当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、九九番三の土地は被告山田が昭和二六年一二月二八日大塚竹次郎より直接譲受けた事実を認めることができる。

また請求原因2の(一)、(三)、(四)の各事実は当事者間に争いがない。

2  証人落合日出男の証言によれば、同人が大塚から九九番五の土地を買受ける際、仲介にあたった不動産業者が、小林伊吉所有の土地(九九番四)と被告山田所有の土地(九九番三)から幅九尺の私道をとると言っていた事実が認められ、証人大越ちよの証言および原告大越伊平本人尋問の結果によれば、同人が九九番五の土地を柳田から買受ける際、不動産業者が、小林伊吉と被告山田の土地から、それぞれ四尺五寸ずつ出して九尺の道路が開設されていると言っていた事実、および小林伊吉が引越して行くとき、もとは九尺の道路があったと言っていた事実が認められ、≪証拠省略≫によれば、原告石井が九九番二の土地を買受ける際雨森睦子らが、被告山田と同寺西とが四尺五寸ずつ出し合って幅九尺の道路が開設されていると言っていた事実が認められる。

しかしながら一方、≪証拠省略≫によると、寺西清一が九九番四の土地を小林伊吉から買受けた際、右土地の一部を通路として提供する約束になっている旨告げられた事実はなく、右寺西らは、九九番四の土地と隣地の九九番三の土地との境界付近に設置されていた金網塀と右隣地上の被告山田所有の建物との間が通路として利用される約束になっているものと考えていたところ、その後相当の時日を経過したころはじめて、原告大越あるいは被告山田から、右九九番四の土地の一部に通路が開設されることになっている旨告げられたこと、しかしながら、右寺西清一およびその相続人たる被告寺西両名のいずれも、通路の開設につき承諾しないまま今日に至っていること、等の事実が認められる。また被告山田為光本人尋問の結果によると、同被告が大塚竹次郎から九九番三の土地を買受けた際、仲介にあたった不動産業者から、同土地の一部を通路として提供すべきものである旨告げられたこと、しかしながら右通路については、同被告所有の右九九番三の土地ばかりでなく、九九番四、同番二、同番五の各土地からもそれぞれ幅四尺五寸の土地を提供し合って、右四筆の土地全体を通じて公道に至る幅九尺の通路を開設するものである旨の説明を受けていたことが認められる。

これらの事実を総合して考えると、大塚竹次郎が一筆の土地を分筆して譲渡する際、本件土地部分に幅九尺の通路を開設して袋地を生じないようにすることを考えていたこと、そしてその旨を譲受人に対し直接、あるいは仲介にあたった不動産業者を通じて説明していたこと、等の事実を推認することができるが、それが果たして公道に面する九九番三および同番四の二筆の土地のみの負担によって通路を開設する趣旨か、それとも九九番二および同番五の各土地もそれぞれ土地を提供し合って四筆の土地に共通の私道を開設する趣旨であったかは、にわかに確定し難い。そしてその具体的内容がいかなるものであったか、例えば地役権を設定する趣旨であるのか、賃貸借、使用貸借その他無名の債権契約であるのか、法定通行権の具体的な内容を定めた趣旨であるのか、については、これを認めるに足りる証拠がない。

そうすると、原告が請求原因1の(三)において主張する合意に基づく通行権は未だその立証が十分でなく、これを認め難いものというべきである。

≪証拠判断省略≫

なお被告寺西両名の先代の寺西清一は、九九番四の土地につきその前主たる小林伊吉からの特定承継人であることが明らかであるから、大塚竹次郎と右小林との間にいかなる合意がなされたとしても、特段の意思表示のないかぎりこれに拘束されないものというべきである。そして右特段の意思表示についてはこれを認めるに足りる証拠はなく、かえって前記のとおり、右寺西清一および被告両名において九九番四の土地につき原告らのため通路を開設することを承諾しなかった事実が認められるのである。したがって右被告らに対する原告の前記主張は、この点においても理由がないこと明らかである。

二  民法二一三条二項に基づく通行権の成否について

1  前記争いのない事実および一1に認定したところによれば、原告らおよび被告ら所有の四筆の土地は、もと一筆の土地を分筆のうえ、(1)先ず昭和二六年一月一五日に九九番四の土地が小林伊吉に譲渡され、(2)次に同年一二月二八日に九九番三の土地が被告山田に、同番五の土地が落合日出男に、それぞれ譲渡され、(3)最後に昭和二七年一〇月二八日に九九番二の土地が雨森洋三に譲渡されたものである。

2  一筆の土地を分筆した結果公路に通じない土地(いわゆる袋地)を生じた場合でも、袋地とその囲繞地とが同一人の所有に属し、その囲繞地を通行して公路に達しうる間は、未だ民法二一〇条ないし二一三条の規定によるいわゆる囲繞地通行権の成否を論ずる余地のないことは当然である。右(1)の時点においては、小林に譲渡された九九番四の土地以外の三筆の土地はいずれもなお大塚竹次郎の所有に属し、そのうち九九番五の土地および同番二の土地は、いずれも、直接公路に通じないが、同番三の土地を通じて(なお同番五の土地は同番二の土地を介して)公路に達しうる形状にあったものと認められるから、右小林において所有権を取得した九九番四の土地の上に他の土地からの通行権を負担すべき関係になかったことは明らかである。

そして右(2)の時点において、九九番三の土地が被告山田に、同番五の土地が落合に、それぞれ譲渡され、同番二の土地が大塚の所有に残された結果、右三筆の土地はいずれも所有者を異にすることとなり、この段階においてはじめて、公路に通じない九九番五の土地および同番二の土地につき囲繞地通行権の成否の問題が生じたわけである。ところで、このように同一の所有者に属する数筆の土地のうち一部の土地が譲渡された場合には、袋地の所有者(新たに袋地の所有権を取得した者あるいは囲繞地を譲渡して袋地を自己の所有に残した者)は、民法二一三条二項の規定の趣旨に徴し、もと同一人の所有に属した他の土地についてのみ囲繞地通行権を有するにすぎないと解するのが相当である。そうすると前記(2)のように土地が譲渡された結果、九九番二の袋地の所有者大塚は、公路に至るため被告山田所有の九九番二の土地に対してのみ、また九九番五の土地の所有権を取得した落合も、公路に至るため右九九番二の土地および同番三の土地に対してのみ、それぞれ通行権を主張しうるにすぎず、それ以外の第三者所有の土地(特に九九番四の土地)に対しては法定通行権を主張し得ないものというべきである。

3  そして民法二一三条二項の通行権は袋地について法律上当然生ずる所有権の一作用であり、袋地の所有権に随伴して当然に移転せられるものというべきであるから、袋地である九九番二の土地の譲受人である原告石井および同番五の土地の譲受人である原告大越は、当然に右通行権を承継取得したものと解すべきである。

したがって、原告らはいずれも被告寺西に対しその所有の九九番四の土地につき通行権を有するものでなく、被告山田に対しその所有の九九番三の土地につき民法二一一条一項の範囲内で通行権を有するにすぎないものである。

4  原告らは、本件は、もと一筆の土地が同時に分筆・譲渡された場合であるから、民法二一三条二項が適用され、被告寺西ら所有の土地および被告山田所有の土地の双方につき原告らは通行権を有するものである旨主張する。そして土地の全部同時譲渡の場合における民法二一三条二項の適用についてはこれを肯認すべきであり、この場合土地の譲渡は必ずしもすべて同一日時になされる必要はなく、時期的に若干の間隔があっても同一の機会になされたものであればなお右民法の規定が適用される余地はあると解されるが、本件の場合は前記のとおり、小林伊吉に対する土地の一部の譲渡(昭和二六年一月一五日)、分筆(同年二月一二日)と落合日出男および被告山田に対する土地の譲渡(同年一二月二八日)との間には一〇か月を超える間隔があり、しかもこれらが同一の機会になされたと認めるべき証拠もないから、被告寺西所有の土地については民法の右の規定が適用される余地はないものというべきである。

三  建造物収去、通行妨害禁止請求について

1  被告山田所有の九九番三の土地のうち別紙物件目録(一)記載の土地部分を、現在原告らが公路へ通じる通路として利用している事実および右の部分に被告山田が同目録(一)の(2)記載の建造物を設置した事実は当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によると、被告山田所有の九九番三の土地のうち原告らが現に公道に至る通路として使用している部分は、隣地たる九九番四の土地との境界線にほぼ接する状態で設置されたコンクリート塀(長さ約一五・七メートル、幅約一〇センチメートル)と被告山田所有家屋との間に当たる部分で、その幅は約一・三五メートルを下らないものであり、わずかに同被告所有の物置小屋が設置されている箇所で幅員がやや狭められているが、そこにおいても通路の幅は約一・三メートルあって原告らの通行に支障がないこと、被告山田は原・被告ら四名が互いに四尺五寸ずつ出し合って右四名所有の四筆の土地に共通の通路を設置する約束のあることを前提として、右の部分を原告らが通行することを承認してきたこと、そして現在においてもあえて原告らの通行を妨害することなく、幅員約一・三メートルの限度では自己の所有地を原告らの通路として使用されることを承認していること、等の事実が認められる。そして原告ら所有の各土地がいずれも住宅地であることは明らかであるところ、右土地から公道に至る通路としては、右の約一・三メートルの幅員をもって、原告ら所有地のため必要にして被告山田所有地のため最も損害の少ないものと認めるのが相当である。

なお民法二一一条に定める「通行権ヲ有スル者ノ為メニ必要」な範囲は、必ずしも建築基準法関係法規上必要とされる幅員に達しなければならないものではないと解される。

四  結論

以上の次第で、原告らは、被告寺西らに対してはその所有地上に通行権を主張し得ないものであり、また被告山田に対してはその所有地上に通行権を有するが、現に同被告において原告らに対しその必要な限度で右土地内を通行することを承認しているのであるから、その範囲を超えて同被告所有の建造物の収去および通行妨害の禁止を求めることは許されないものというべきである。

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新村正人)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例